四半生を振り返って、趣味趣向について語る流れ No.3



続ミステリ。

広義ミステリ



俺「最近、『ミステリ=犯人Xを当てる』みたいな認識が広く定着してきたよな」
僕「最近の傾向かどうかは知らないけど、確かにそういうところはあるよね。でもそれって何か間違ってるわけ?」
俺「犯人当てがミステリの重大な1要素であるのは確かだ。だが、本来ミステリの本質はそこではないはずだ」
僕「というと?」
俺「『読者への挑戦状』。俺は、ミステリの本質はここにあると考えている」
僕「読者への挑戦状っていうと、たまに解決編の直前に挿入されてたりする、アレのこと?」
俺「そうだ。実際にこの言葉が明示されている作品は少ないが、そのエッセンスは大半のミステリに共通するものだ」
僕「エッセンス……。結末を読む前に、読者がそれを予想して当てようとする、っていうこと?」
俺「半分正解。予想とは言っても、ただ想像するだけじゃダメだ。そこに至るまでの筋道をきちんと明示しなくてはな」
僕「数学でいうところの、途中経過も書かないと0点、ってのと同じだね」
俺「その通り。犯人当てに限って言えば、非力な女性だから犯人だ、とか、動機がないから犯人だ、というのではダメなんだ」
僕「警察に疑われてないから犯人だ、とか、新聞のキャスト欄で3番目にいるから犯人だ、とか、担当声優の知名度が1人だけ浮いてるから犯人だ、とか……」
俺「当然、読者に予想させるからには結末は一意に定まらなくてはならない(厳密には異なる。後述)。このあたりは、各種パズルの考え方にも順ずる」
僕「詰め将棋なんかも、どれだけ美しくても詰め手順が複数あると一気にその価値を下げるよね」
俺「ここまでをまとめると、『物語の途中までに与えられた情報から、読者(視聴者)がきちんとした推論によって、唯一解を推理することができること』がミステリの本質である、となる」
僕「この話はミステリ的だ、なんて言うときにはこの性質に従って分類しろ、っていうことだね」
俺「もちろん、社会派ミステリを初めとして、この性質を持たないミステリは多々あるが、広義ミステリの持つべき基本的な性質としてはとりあえず適切だろう」


僕「でも、犯人当ての要素はなくてもいいの?」
俺「問題ない。確かに狭義ミステリでは主に殺人を扱うから、最終的に犯人を明らかにする必要があるが、実際、話の本質は犯人当てでない場合も多い」
僕「トリックの解明がメインの話なんかのことだね」
俺「そう。いわゆるハウダニットを主に扱うミステリでは、どう考えても人間には実行不可能な殺人が行われたりするわけだ」
僕「確かに、そういう話って、トリックが暴かれた後に、いかにもご都合主義的に犯人が明かされる場合があるよね」
俺「とりあえず話を終えるために犯人を一人に定める必要があるから、誤って証拠品を現場に残してしまったことにしたりだとかな」
僕「犯人しか知らないはずのことをうっかり喋ってしまう、っていうのもすごい安直なパターンだよね」
俺「作者側からしてみれば、画期的なトリックを思いついたとしても、それが犯人を特定するのに都合よく役に立ってくれるとは限らないわけだからな」
僕「そういう場合は、犯人探しに関しては手を抜いてもいい、っていうこと?」
俺「もちろん抜かない方がいいに決まっている。だが、全部のミステリが犯人当てを重視しなければならないことはないし、ましてや『意外な犯人』を追求する必要なんてないんだ」


僕「なるほどねー。……ところで、話は戻るけど、広義ミステリの定義の『唯一解』って、結構ムズかしくない?」
俺「いい所を突いてきたな。それはその通りなんだ。ペンシルパズルなんかと違って問題設定が無限に広いミステリにおいて、厳密に『唯一解』を作り出すのは不可能に近い」
僕「犯人は1人とは限らないわけだしね」
俺「他にも、被害者は犯人と協力していた、なんて設定でも容易に別解が作り出せる。そもそも、人間心理なんて、どれだけ理不尽だったとしても推理ゲームとしては成立するからな」
僕「通り魔的に殺せば捕まる可能性も下がるだろうに、わざわざ探偵がいるクローズドサークルで殺人犯しちゃったりするあれだね」
俺「ゆえに、『唯一解』というのはある種の方便で、実際には『ある程度の説得力を持った解答』が用意されていればいい、と俺は考えている」
僕「『説得力』っていうのは?」
俺「その結末を見て、我々読者が納得できるかどうか、だ。たとえば、いきなり『実は犯人は超能力者で、部屋を内側から密室にした後、瞬間移動で脱出したのでした』なんて言われても、説得力は皆無だ」
僕「要するに、きちんと伏線が張られているかどうか、っていうこと?」
俺「そういうことだ。『伏線』。実はこれこそが、広義ミステリの定義のみならず、ミステリをミステリ足らしめている最も重要な要素なんだ」
僕「『論理的な推論によって解を導く』の方じゃなくて?」
俺「そうだ。真に論理的な推論など不可能、なんて言い出すまでもなく、たとえば叙述トリックなんかを考えてみれば分かる。あれ自身は立派なトリックだが、論理的な推論によって解が構成できることは非常に稀だ」
僕「そう言われればそうだね。そしたら、さっきの広義ミステリの定義も直さなきゃだね」
俺「ああ。よりきちんと言い直すならば、『物語の途中までに与えられた情報から、読者(視聴者)が伏線を読み取ることによって、説得力のある解を構成することができること』、となるな。ちなみに、『一意解』と言ってもそれほどズレた感じがしないのは、他の解候補と比べて抜きん出て説得力のある解が2つも3つも存在することは稀だからなんだ」
僕「なるほどね。今日は色々と勉強になったよ、もう一人の僕」
俺「……まあ実は、この方針、倒叙ミステリがミステリでなくなってしまう、という致命的な欠陥を抱えてたりするんだがな」